2016/09/09

台風はもう沢山!

今年は台風がたびたび東北地方へやってきます。8月に2つ来て、9月にまた来ました。その度に風はほとんど吹かないのですが、大雨が降ります。山道は雨が川のようになって流れるので、その度にえぐられて、溝が深く蛇行し、ひどい有様です。郵便配達のバイクの方には本当にお気の毒です。
9月の初めにツバメが集まって飛行練習をしていたと思ったら、もういなくなってしまいました。 すくなかぼちゃがたったひとつだけ生っています。もう少し大きくなるのを待ちます。今年は勝手に生えて来た瓜科植物はどうやらシマ瓜のようです。売り物のように育つでしょうか?
この小さな花たちは道端で見付けたツリフネソウ、ミゾソバ、タムラソウと野菊です。タムラソウはアザミに似ていますが、葉が全然違います。どれも野草なので、花瓶に挿しても持たないのですが、珍しく数日間咲いてくれました。
今年はトマトが豊作です。茗荷の子も9月の5日を過ぎたらたくさん出てきました。
9月になっても真夏のような暑い日が数日間続きました。たまにはパスタのお昼ご飯にしたくなりました。うちの畑で採れたピーマンとおとなりからいただいた赤いパプリカと、買った黄色いパプリカ、ベーコンと豚肉薄切り、麺には自家製のトマトソースをからめてあります。粉チーズをたっぷりかけてさあ、どうぞ。
かぼちゃの和菓子、抹茶まぶし。ギターの会のお仲間のY・Kさんに教えてもらいました。かぼちゃを蒸して潰して、少しのお砂糖と抹茶を混ぜます。茶巾絞りにするときに、上に抹茶を乗せます。自然の甘みとほろ苦さがすてきにマッチします。

2016/08/17

立秋も過ぎてしまいました

庭にはオレンジ色のヒオウギ水仙が咲きそろい、道端には萩の花も見られるようになりました。タラの木にも沢山の花が付いています。
ずいぶん久しぶりに梅干しを漬けました。お友達からいただいた梅干しがもう残り少なくなったので、小さめの梅でしたが、直売所でちょうど良く熟れている梅を運良く見付けたのです。そういえば今年は梅が不作らしく、他にあまり出ていませんでした。18%の塩を加えて、梅雨が明けるまで長く塩漬けにしていましたので、途中で赤紫蘇の塩もみを加えて色も赤くきれいに漬かっていました。気象庁が梅雨が明けた模様とちょっと曖昧に発表した数日後に、本当に梅雨が明けたと確信したので、梅を並べて3日間干しました。でも夜の間は家の中に入れていました。梅干しというのは不思議な物で、たった1キロですが、作った満足感は得られるし、自分で作った純正の梅干しがあるのは妙にうれしいものです。お腹をこわしたって大丈夫、さあいつでも掛かってこいの気持ちです。息子たちにおにぎりを作っていた頃を思い出しますが、二人の家にも少しお裾分けしましょう。
私はかぼちゃが大好きです。今年は美味しいかぼちゃに巡り合っています。かぼちゃ入りのマフィンを作ってみました。種も干してとってあるので、焼くときに貼りつけました。
お盆の花は家の周りで摘んできた花の取り合わせです。ススキ、これはもう梅雨明けの前から穂を出し始めていました。黄色いのはフェンネルの花。ピンクのは俗にお盆花と言われる名無しの花。それにあとから摘んできたホタル袋。残念ながらちょっと色褪せてきました。
姪のAちゃんからもらった北海道の野草の花の種も、植木鉢いっぱいに開いています。小さいピンクの可愛い花が咲いてきました。

2016/07/25

夏はすぐそこに。

この写真は先日の『河野智美ギターリサイタル』の時のスタッフの記念写真です。私の左横の女性二人は、左からわざわざ神奈川県の逗子から駆けつけて下さった夫の友人のK・Sさんといつもチケットを沢山売って下さる N・Tさんです。お二人とも打ち上げに参加してくださったので、一緒に記念写真を撮りました。
京都に住む弟が、東北サイクリングツアーで14日に青森県まで飛行機で来て、十和田湖、岩手県を経て宮城県松島方面まで来て、最後の山形県米沢市に到着しましたので、会いに行きました。このサイクリングツアーは、往き帰りは飛行機や電車を使い、トラックに全参加者の自転車を積んで、マイクロバスもレンタルして併走し、走りやすい安全なコースを楽しみながら走るという中高年向きの京都のサイクリングクラブの主催です。厳しい上りはバスに乗り、なだらかな下りは自転車で走ることが多いそうです。18日には蔵王の坊平の近くを下っている途中で、うちの長男が待ち受けていて、弟を驚かせました。その夜は蔵王温泉に泊まり、19日に米沢の上杉神社の横に到着しました。18日に初めて曇り空から太陽が覗いたという雨の多い東北旅行でした。別れたあとは新潟市までバスに乗って、そこから飛行機で関西空港へ帰りました。怪我もなく無事に終わって、ホッとしました。
うちの敷地の斜面に植えたガクアジサイが今年はとても旺盛に育ちました。12年経ってやっと、土地に馴染んだのでしょう。その隣には勝手に生えて来たノリウツギが白い紫陽花によく似た花を咲かせています。気を付けないと大きくなりすぎます。また派手なオレンジ色のヤブカンゾウがどんどん株を増やしてはびこっています。これ以上進出したら抜くしかないほどです。
ハーブのオレガノの花です。その次は深紅のワイルドベルガモット。ハーブのフェンネルが黄色い小さな花を付けました。これからまだまだ蕾がたくさんあるので、古タイヤの中でどこまでも伸びる勢いです。
白い当帰の花にお客さんがやってきました。縞模様のカメムシさんです。セリ科の花と種が大好きなカメムシで、その他の花や葉っぱには興味がないとのことです。一体何をしていいるのやら?
夏になると茄子のサラダが登場します。この日はインゲンもあったので、茄子のあと蒸し炒めにしました。みじん切りの玉ねぎが味を引き締めてくれました。やっと採れ始めたミニトマトを飾りました。

2016/07/17

河野智美ギターリサイタルを主催

7月9日(土)には数ヶ月前から準備してきた『河野智美ギターリサイタル』の日でした。前日の8日の夕方、米沢駅に迎えに行き、5時過ぎに河野さんが我が家に到着しました。思ったより小柄な方で、誠実味溢れる美しい方です。当日はリハーサルもあるので、お昼前には白鷹町のホール「『あゆーむ』に到着しました。予約のお客様は50人は来られると分かっていましたが、開けてみると72名もの方が来て下さいました。14時に開場するときにはドアの前に10人ほどが行列したほどで、チケット係のkさんと私は思わず、顔を見合わせて『すごい!』と声を挙げました。 前半はバリオスやタレガ、アルベニスなどの誰もが大好きなギター曲で構成され、休憩後の後半は現代ギター曲とジャズクラシックでした。難解な曲も見事に弾かれ、アンコールは3曲で、タンゴアンスカイ、祈り、日本の曲の『ふるさと』の編曲ものでした。 さあ、kさんと私は終わったらすぐに入り口に飛んで行き、智美さん持参のCDの販売です。2種類のCDが合計17枚売れて、ほっと一息つきました。河野さんがそれぞれのジャケットにサインをしてくれ。お客様も大喜びでした。小国町から来て下さったFさんはお子さんの担任だったS先生にばったり会えて、興奮していました。、逗子から来て下さったSさん、また郡山や鶴岡からも来て下さいました。仙台から来て下さったOさんとお嬢ちゃんはギター教室に通っています。沢山のお客様、本当にありがとうございました。 余談になりますが、河野智美さんは世田谷区の祖師谷で生まれて、祖師谷小学校、千歳中学校、駒場高校から日本女子大へ進まれ、小さい時からずっとピアノとギターを習っていて、どちらも捨てがたかったようですが、ギターを選んだのです。また彼女も私が二人の子を出産したのと同じ病院で生まれていたのは偶然でした。
翌日は河野さんを白布温泉のもっと上の白布峠までお連れして、福島県との県境の景色を見て、眼下に広がる檜原湖を眺めてから、関根駅前の『五月食堂』で智美さんの希望でラーメンを食べて米沢駅にお送りしました。ここのラーメンはとても美味しくて、びっくりしました。 カボチャが食べ頃を迎えています。ホクホクしているけど甘みが少ないカボチャを美味しく煮る方法です。切ったカボチャを米油で炒めてから水を少し入れ、トマトの水煮の缶詰か完熟トマトをひたひたに入れて、塩味で煮ます。トマトの酸味と甘みと旨みがカボチャをさっぱりとしながらも美味しくしてくれます。

2016/07/07

花その後と、志田忠儀さんについて。

最初の写真は自然に生えてきた紫陽花です。淡い水色が特徴で、毎年丈が高くなってきます。冬には屋根から重い雪がどんどの落ちる場所にもかかわらず、春になると折れても何のそのと、伸びてきてちゃんと花を沢山咲かせます。不思議な紫陽花です。 2番目のは、漢方薬にも良くある『当帰』の花です。セリ科なので、細かいきれいな白い花が長く咲きます。これはアゲハチョウが大好きな花で、葉っぱをたべるのではなく、花やそのあとにできる種の素の実を好んで食べます。でもこの頃、アゲハチョウがとても少なくなっています。 3番目の花は、『グンナイフウロ』らしいのですが、葉っぱがもう紅葉しています。ピンク色の可愛い花です。ゲンノショウコの花と似ています。 4番目は車のタイヤのプランターの中に生えているハーブのフェンネルとその横に生えているフランネル草です。もう少しするとフェンネルにも花が付くはずです。フェンネルは独特の香がするハーブで、実が旨く付くと『クミンシード』のような物が採れます。
先日、大井沢の志田忠儀(ただのり)さんが100歳でついにこの世を去られました。本当に立派な人生を全うなさった方でした。私は二十数年前に大井沢の民宿『朝日山の家』に宿泊したときに、初めてお会いしました。その時70代の後半だった志田さんは、もう民宿の経営は次男の忠昭さんに任せていましたが、良く朝日山の家を訪れていたようでした。その存在を知ったのは長男が新聞社の世論調査のアルバイトで大井沢を訪れて、志田さんの民宿に泊めていただき、とても親切にしていただいたので、いつか私も行きたいと願っていたのです。なかよしのOさんと一緒に月山に登る旅を計画して、宿は『朝日山の家』と決めていました。忠昭さんの奥さまの智恵子さんが義父母から教わったことを忠実に再現して、山の幸をふんだんに使った美味しい料理でもてなして下さいました。ほとんどの材料は山から採ってきた茸や生け簀で飼っているイワナ、畑で獲れた野菜や山菜で、季節はずれの物は上手に塩漬けされて保存していた物でした。味付けも薄味で、すべて義母のキヨエさんから教わったのだと言っていました。 この2冊の本は志田忠儀さんが70代の終わり頃に西沢信雄さんが忠儀さんの話を聞き書きした『朝日連峰の狩人』(山と渓谷社刊)と、2年前にお孫さんの薦めで今度はご自分の原稿を素に出版社の協力で、自著として出版された『ラスト・マタギ」(角川書店刊)です。大正5年に大井沢で生まれ、ずっと大井沢で暮らしてきた狩人の志田さんの人生が語られています。山形県の真ん中でもっとも山形県人らしい生き方をした志田さんの貴重な100年の生涯が語られています。一人でも多くに人に読んでもらいたい本です。私は何回も何回も読んでいます。